今日は日本語でこのブログエントリーを書こうと思う。英語で書くのは英語力の維持と向上に役に立つけど、細かい表現まではできない。だから日本語の方が読者にもっと伝わるかなと思って、日本語で書いてみる。久しぶりに長い文章を日本語で書くので、あまり期待しないで欲しい。言い訳として、そもそも小さい頃から小論文や国語は苦手だった。
前置きは置いておいて、このブログエントリーでは、昨日起きたことと約2ヶ月の東南アジアの旅が終わって感じたことや学んだことを共有したいと思う。
800円くらいのホステルでのステイ。あまりよく寝れなかった気がする。朝は9時ごろに起きたと思う。起きた後は、チェックアウトを済ませようとホテルのフロントに向かった。リビングにあるソファでくつろいでいる白人を見かけた。ちなみに、このホステルで泊まっている人は多種多様。今まで泊まったホステルではあまり見たことのない光景だった。ホステルに泊まっているゲストは大体バックパッカーであることが多い。
気づいたこと1 「バックパッカー」
自分は2ヶ月で15以上のホステルに泊まった。他のバックパッカーを見て思うことは、意外とIntroverted(内向的な人)が多いということ。バックパッカーの本などを読んでいると、自然とほとんどのバックパッカーたちはExtroverted(外交的な人)なんだと思わせられる。でも、実際に見てみると皆自分の世界に入って自分だけの時間を過ごしていることが多いように見える。そこで気づいたことが、一人で旅をしている人は必ずしもコミュニケーションに長けている人ではなく、どちらかというと、一人の時間を大切にしてそれを楽しめる人が多いということ。自分もそのタイプで、コミュニケーションをとることに特に問題を感じたことはあまりないものの、何よりも一人でいる時間を孤独感をあまり感じずに楽しめるタイプの人間である。今まで、バックパッカーの人たちは外交的でコミュニケーション能力お化けの限られた一部の人間だと思っていたけど、それは違う気がする。後バックパッカーについて言えることは、この旅の途中まで、短期間で高いお金を払って良いホテルに泊まって有名な観光地に訪れる観光客を見て、長期間で安いホステルに泊まって平凡に過ごすバックパッカーは違うと思っていた。でも、興味を持つことや価値を置く対象が違うだけで、全員結局一人の観光客であるということ。それから、後者寄りの自分を特別視するのをやめた。
デポジット200,000IDR (約1600円)を返してもらい、20代か30代であろう優しいフロントスタッフに「今日は中国人のサンダルを間違えて取っていないか?」と冗談を言われ、一応自分のサンダルということを再確認してから、「間違えてねーよ!」と返答して、ホステルを出た。サンダルについて何が起こったかは前日の6/23のブログエントリーを見てほしい。このホステルのスタッフは今まで泊まったホステルで一番フレンドリーだった。ホステルを出た後は、近くのチャイナタウンにあるスターバックスでこのブログの更新をしようと向かった。インドネシアでは車とバイクの交通量と道路が工事されているために、歩いて目的地まで行くのが大変。
気づいたこと2 「広がる格差」
インドネシアについてから、あるいは東南アジアについてから気づいたのは、色々な人がさまざまな手段やリソースを使ってお金を稼ごうとするということ。例えばトイレ。これまで行った大きなバスや電車の駅のトイレでは必ずと言っていいほど、お金を徴収する人がいる、ベトナム、カンボジア、ラオスそれぞれの国で経験した。モンゴルではトイレットペーパーを目の前で売っていた気がする。モンゴルではにトイレにトイレットペーパーがついていないことが多いためだ。料金は数十円だからフランスやドイツで払わないといけない数ユーロと比べればなんてことはない。今のところ、インドネシアでは見ていない。逆にインドネシアでは、宝石やネックレスなどを路上で売っている人、計り知れない数のおもちゃを体にぶら下げてそれを子供に売る人、唐突に隣で楽器やスピーカーを使って歌を披露してお金を徴収する人、普通の服を着て車やバイクを誘導してお金を得る人などがいる。何よりも屋台が至る所にある。そういったことを外に歩いていると、日常的に目にする。一方で、身だしなみが良く整った人がカフェやビルでパソコンを開いて作業する人も見る。インドネシアではそういった格差が数日の滞在で明らかに見える。高層ビルが立ち並ぶすぐ隣で、そういったストリートでお金を稼ぐ人が住んでいる。こういった格差は日本やアメリカなどの先進国でも見れるけれど、その格差の中でもその程度はそれぞれの国で違う気がする。例えば日本で、洗濯をするからお金を払ってという人は自分を今まで見たことはない。日本で1時間コンビニで働けばインドネシアでは5食ほど賄える。モンゴル、中国、そして東南アジアを旅して、国内と国際間での格差を目の当たりにして、色々考えさせられる日々。
昨日の朝も歩いていると、そういった人たちで街は活気付いていた。スタバに行こうと思ったが、道中で見つけた小さなコーヒーショップに入った。店内には色々なパンや焼き菓子が売っていた。働いていたのは若い2人の男性と40代に見える女性。一人の男性、おそらく10代後半か20代前半、が拙い英語で注文を取ってくれた。
これも東南アジアでよく見かけた。サービス業に従事している人がとてつもなく若い。特にベトナム、カンボジア、ラオスではそれを強く感じた。インターネット情報によると、平均年齢がそれぞれ32~34、24~26、21~24歳と、とても若い。ちなみに日本は50歳らしい。
どこのコーヒー屋さんでも一番安いアイスアメリカーノ(大体100円~300円が多い)を注文して、隣にある別のスペースで待った。少しして、さっき見かけた愛想の良い女性の方がコーヒーを運んでくれた。英語の勉強の一環として、2022年にアメリカで始めてからずっと続けている毎日日記を書き終え、ブログの更新を始めた。なぜか充電器が反応しなかったけど、とりあえず良いかと諦め、書き続けた。ブログは書く量にもよるけど、1時間から長い時は3時間くらいかかる時もある。旅中は時間だけはある。その後は、Youtubeで少しインドネシアについて勉強。人口3億人弱で世界第4位、島の数1万7000以上、オランダからの約350年にわたる植民地支配など知らなかったことが多い。
気づいたこと3 「無知の自覚」
旅を始めてから、よく思い知らされるのがどれほど自分が無知なのかということ。そもそも自分が無知であるということは自覚しているけれど、旅をしているとさらに実感する。特にベトナム戦争とカンボジアで起こったポルポトによる大虐殺について歴史博物館で初めて学んだときは、そのことについて知らなかった自分が恥ずかしかった。色々な国を旅をしていると今まで気にもしなかったことに興味が湧いてくると同時に、色々なことを新しく知って学ぶ。知らないことをゼロにするのは不可能だけれど、異なる国への旅を通して、これからも違った国の文化や歴史を学んで、無知の程度が下がればいいなと思う。
そこで買った焼き菓子を2つ食べて、そのコーヒーショップを後にした。その後向かった先は中心街にあるインターネットキャリアショップ。今まではAiraloというサービスを使ってそれぞれの国でe-simを使ってきた。それが高いということにラオスの国境でSIMカードを売っていた女性に思い知らされた。おそらく、短期間であれば全てオンラインで完結するe-simは比較的安く便利だけど、3週間ほど滞在するインドネシアでは間違いなく現地で買った方が安いと思って、インドネシアのe-simは購入していない。Trip.comの特典で3日間で1GBを使えるe-simを手に入れたから、それを到着してから利用していた。中心街までは5kmくらい離れているから、Grabを使ってモーターバイクに乗ってキャリアショップに向かった。荷物が少ないと交通手段を選ぶ時に、得をすることが多い。基本的にベトナムでもインドネシアでもバイクで100~300円くらいで移動ができる。ショップにて着いて店内に入ると、一人の青年が用件を尋ねてきた。SIMカードを購入したいというと、そのロケーションでは売り切れたという。ちなみに購入しようとしていたのはインドネシアの大手キャリアTelkomselのSIMカード。その青年によると、そこから20ほど歩いたロケーションで買えるというから、そこに歩いて向かった。その別のショップは中型ショッピングモールの2階に位置していて、入店して用件を伝えると整理番号が書いてある紙をくれた。5分も待たないうちに自分の番号が呼ばれた。違う男性スタッフが英語で対応してくれ、無事にSIMカードを手に入れることができて、中国に購入したSIMカードと入れ替えた。値段は3GB/30日で35,000IDR(約300円)。もしデータを追加したい場合は60GBプラスで100,000IDR(約900円)。間違いなくe-simより安い。
ショップを出て、次にやらないといけなかったことは、ホテル探し。その日は中心部で観光する予定だったから、中心部に位置するホテルを探した。ちなみに2日間泊まったホステルはそこから北に5kmほど離れたところだった。いつもはTrip.comで予約するものの、1000円以下で泊まれるところがなくて結局、現地で歩きながら探すことにした。Googleマップをみるとホテルが集中しているエリアがあったから、そこにとりあえず向かった。道中で良さげな屋台があったからそこで20,000IDR(180円)のヌードルを食べた。高層ビルがあるような通りから2回曲がるだけで、全く違う光景が見えるジャカルタ。2回曲がった小さいストリートを少し歩いたところにHostelという看板を見つけたからそこに入った。間違いなくオンラインでは見つけられないであろう見た目の宿泊場所。そこに入ると、40代くらいのフロントスタッフが向け入れてくれ、驚きながらも対応してくれた。英語は通じない。幸いにも、値段とそれぞれのルームタイプが書いてある表があったからそれを見て、どれにするかあるいは、そもそもそこに泊まるかを決めた。値段は思っていたよりも安くはない。最安値がエアコン、トイレ共有、シングルベッドで120,000IDR (約1000円)。エアコン有りと迷ったけど、その部屋に決めた。フロントスタッフにお金を支払い、パスポートを渡すと、「Japan!」と驚いていた。おそらく、今まで日本人がそこで泊まったことがなかったのだと思う。棚から鍵を取り出し、部屋に誘導してくれた。ロビーで座っていた現地の宿泊者に変な目で見られながら、恐る恐る部屋に向かった。少し進んだ先に廊下とそれに沿っていくつかの部屋がある。部屋番号は11番。部屋を開けると同時に、「キーーーー」という音が聞こえる。驚いたことに、部屋全体は古く汚いものの、ベットと枕は綺麗。アメニティはもちろんなし。小さな木の椅子と壁に付いている小型扇風機、少し黒ずんでいるバスタオルのみ。バッグを小さな木の椅子に置いて、貴重品を持ってホテルを出た。それから目的地は特になくランダムに歩き始めた。1時間ほど歩いたら良い感じのカフェを見つけたからそこで少し休むことにした。そのカフェは人気みたいで、スタッフはとても忙しそうだった。すごいユニークなカフェで、同じ敷地内にいくつかくつろげる屋内屋外スペースがあり、そこで買ったコーヒーを楽しめる。自分は屋内でゆっくりしつつ、今まで撮ったビデオを整理した。そこで2時間ほど滞在して、また歩き始めた。目的地は東南アジア有数のモスク、イスティクラルモスクとその向かいにあるジャカルタ大聖堂。そこから45分ほどで到着。どちらも入場料などの徴収はない。入る前は靴を脱ぐことが必須で、靴下を脱いで入場する人がほとんど。中に入ってみると、礼拝をしている人が数人。あとの人は、携帯をみながらくつろいいだり、寝ていたりしていた。モスクと教会合わせておそらく30分ほど滞在した後、Grabを使ってホテルの近くまで戻った。夜ご飯はホテルの近くの通りにあった露店でインドネシアの代表料理ナシゴレン(炒飯)を食べた。驚いたことに、その通りにはファミリーマートがある。24時間ではなく、品揃えも日本のファミリーマートには程遠いけれど、テンションが上がって1時間ほど中でゆっくりした。店内にはコンセント付きのイートインスペースがあり、夜7時ごろでも若い人でファミリーマートで賑わっていた。パソコンを開いて作業をしている人、分厚い教科書を開いて勉強する大学生がいた。ホテルに戻った後は、トイレと一緒になっている古くて汚いシャワー室でその日にかいた汗を流して、ベットでゆっくりした。Wi-Fiはない。聞こえるのは扇風機の音のみ。夏に扇風機だけで寝るのは小さい頃を思い出す。実家にはエアコンはなく、寝る時はいつも扇風機で寝ていた。久しぶりの感覚で懐かしい気持ちになったけど、暑くて結局眠りについたのは夜の12時ごろだったと思う。





